Web講座

第7回 「脳の世紀(Century of Brain)」

医学部附属病院講師 峯 清一郎

 1990年アメリカのブッシュ大統領は、21世紀までの10年間国をあげて脳の研究にとり組もうという『脳の10年』を提案し、議会で承認されました。日本でも、1994年理化学研究所の伊藤正男博士が『脳の世紀』を提唱しました。ともに脳研究を国家的規模のテーマにしようとするものです。最近、テレビや雑誌でも脳科学が取り上げられるようになっているのはご存じのことでしょう。

図1 大脳皮質の機能地図
脳神経外科手術の際に大脳を電気刺激して決定され
たもの(1950年ペンフィールドによる)

  近代の脳研究は、脳の場所により別々の機能を持つという『局在論』と、場所による違いはなく全体として機能しているという『全体論』の論争を軸に発展しました。しかし、1861年に精神学者ブローカが脳の特定の場所に運動性言語野(話すための脳)を発見し、脳には機能が局在していることを明らかにしました。これ以後、脳研究は『局在論』を基本として発展しましたが、その中心に脳神経外科医がいました。特にカナダの脳神経外科医ペンフィールドの功績は大きいと思います。彼はてんかんの手術中、患者の大脳を電気で刺激し、反応を観察することにより脳の機能分布を調べました。てんかんの手術では脳を部分的に切除するので、重要な場所を傷つけないためにそのような検査を行ったのです。図1は1950年彼がその著書に表わした『脳の機能地図』で、体の運動、体の知覚、眼球運動、視覚、言語、思考等が脳の別々の場所で行われていることがわかります。

 ぺンフィールドから50年が過ぎ脳研究は大きく進歩しましたが、それにはコンピュータの出現と進歩が大きく貢献しています。私は1992年から1993年の間、恩師である山浦晶神経外科教授の勧めで米国のジョンズホプキンス大学てんかんセンターに留学しました。そこでは手術前の患者の大脳皮質を電気刺激して機能分布を調べていましたが、コンピュータを用いて極めて詳しい解析をしていました。近い将来、図1よりもずっと精密な地図が見られるようになると思います。

図2 MRI画像による脳の断面に示された体の運動
と感覚に関連する部位

 現在私は千葉大学医学部脳神経外科で働いていますが、手術に際してぺンフィールド同様患者さんの脳の機能分布を調べています。まず末梢神経を電気刺激し、脳表に置いた電極から脳神経細胞に発生する微小な電流を記録します。その結果をコンピュータを用いて分析することにより、体の運動と感覚に関連する場所を同定するのです。これは安全な手術を行うためには極めて大切なことなのです。私の最近のテーマは脳には直接触れずに外からその機能分布を調べる方法の研究で、千葉大学医学部第一生理学の中島祥夫教授の指導で行っています。脳波という脳神経細胞の発する極めて微細な電気を手掛かりにして、特定の機能を持った脳の場所を推定するのですが、最新鋭のコンピュータを用いて何時間もの計算をしなければなりません。ぺンフィールドが生きていたら多分びっくりすると思います。図2はその例で、体の運動と知覚に関連する部位が MRIという脳の断面の画像の上に示されています。この MRIはコンピュータが作った画像です。われわれの研究はコンピュータなくしては語れないのです。私達のほかにもさまざまな方法を用いて脳の機能を探る研究がなされています。脳には我々の知らないことがたくさん隠されています。脳の世紀はまだ始まったばかりで、21世紀もずっと続くだろうと思います。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第1集より)

PageTop