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第6回 「筋肉に学ぶ」

医学部教授 嶋田 裕

 ヒトは体を移動させたり、物を取ったりする時に手足を動かします。呼吸をするためには、横隔膜を上下させて肺に膨張や収縮を起こさせます。全身に血液を流すために、心臓は拍動をしています。食物を消化させるために、胃や腸管は蠕動運動をします。すなわちヒトは生きて行くために、体のいろいろな部分を動かしているのです。これらの動きはすべて筋(muscle)の働きによるものです。筋には骨格筋、心筋、平滑筋の3種類があります。ヒトが日常生活をする上に、いずれの筋も欠かすことができません。

 ヒトの体の中にあるいろいろの筋は、それぞれが要求される機能を果たすように性質を分化させています。たとえば骨格筋には赤い筋と白い筋とがあります。赤い筋は長い間運動を続けても疲れにくい筋で、白い筋は迅速な運動をすることができるけれど疲れ易い筋です。ところで赤い筋に白い筋の運動パターンを強制的に(トレーニングや刺激などで)行わせると、赤い筋は白い筋に変わり、逆に白い筋も赤い筋にその性質を変えさせることができます。さらに心臓の具合が悪くなった時に、心臓の部位に胸の筋の移植が行われることがありますが、そうすると胸の筋は心筋のような性質をもつようになります。つまり筋は外界の変化に応じて、その性質を変えることのできる能力(可塑性)をもっています。またヒトの個体の発生過程で、筋は次第に形成されて行きますが、その性質も未熟なものから、次第に親の各筋に特有の性質を持つようになります。

 筋はその中に円柱状の細胞が収縮方向に沿って平行に沢山走っており、その細胞の中には筋原線維という装置が入っていて、これが収縮するために(正確には2種の筋フィラメントの相互のスライドにより)筋の運動が起こります。筋原線維はタンパク質からできていて、上で述べたような筋の性質の相違は、タンパク質の違い(アイソフォーム)としてとらえることができます(その他にも異なるものは多くあります)。筋細胞の核の中にはこれらのタンパク質をつくる設計図(遺伝子)が入っていて、それが読みとられて、細胞内の工場(リボゾーム)で部品(タンパク質)が作られ、部品は現場の指示に従って組み立てられて(細胞骨格というタンパク質が細胞内にまず骨組みをつくり、これに筋タンパク質が組み込まれると考えられています)筋原線維が作られます。  

図1 筋原線維形成の電子顕微鏡写真
初期には2種の筋フィラメントが並び、
幼若な筋原線維(Mf)を形成する。

 このように、各筋は異なったアイソフォームをもっており、それは遺伝子の発現状態が各筋で異なっていることを示します。また外界の状態によって、さらに発生過程でもアイソフォームが変わりますので、遺伝子の発現は変化し得ることを示します。発生過程におけるアイソフォームの変化は動物進化の過程の繰り返しであると説明されています。近年遺伝子を操作する技術の進歩により、特定のアイソフォームを欠失させたり性質を変えさせたりして、その存在意義を解析したり、一部が欠失したアイソフォームを作り、遺伝子のどの部分がどのような役割をもっているかを調べることができるようになってきました。

図2 筋原線維(Mf)は直径を増して横紋
(Z,M)をもつようになる。
核:N、棒線=1μm

 また筋原線維形成に関与すると考えられている細胞骨格の研究も進んでいます。このような研究は筋という一見ありふれた組織ではありますが、構造形成や運動のメカニズム、また動物進化の分子過程を知るうえに重要なもので、私達の研究室ではこのような研究を日夜行っております。

 筋が病気になるといろいろの不都合が起こります。日常見られるのはスポーツによる損傷です。また筋ジストロフィーという病気があり、これは筋が次第に壊れて体が動かなくなり、ついにはヒトの死に至る病気で、その原因はある遺伝子(ジストロフィン)が欠損することによることがわかっています。筋の研究はこの方面にも役立ちます。

 またヒトは食物として動物性タンパク質を多く摂取しますが、この食用に供される部分は筋なのです。食べる筋は肉(meat)といいます。やわらかい肉やおいしい肉とはどういうものかも科学的に研究されており、またその生産の研究も進んでいます。

 筋の真理の探求はわれわれの知的要求を満足させてくれるとともに、疾病の原因の解明や治療、農水産業への応用の基礎的研究になるもので、われわれの生活をより豊かにしてくれることにもつながります。将来この分野の研究に携わる若い人の増えることを期待しています。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第1集より)

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