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第4回 「不整脈と心電図」

医学部教授 中谷晴昭

 不整脈という言葉を耳にしたことのある方は多いと思います。マラソン選手が不整脈をおこし途中棄権したとか、プロ野球選手が不整脈がおきる様になり引退したという事が報じられた事もあります。健康な人でも良く調べてみると一日何回か脈が乱れる事がありますが、これは全く無害な治療不要の不整脈です。しかし、心臓の筋肉に酸素を供給する血管が動脈硬化をおこし閉塞しておきる心筋梗塞、あるいは全身に血液を送るポンプとしての機能が低下した状態の心不全に伴って発生する不整脈は、命取りになる事も多いものです。心臓突然死の大部分はこの様な重症不整脈によるとも言われています。不整脈には良性のものと悪性のものがあるわけですが、その診断の基本となるものは心電図検査です。

 それでは心電図とは何なのでしょうか。20世紀初頭、Einthovenにより心電図の記録法が確立されました。しかしながら、一般病院の日常診療で用いられる様になったのは20世紀後半です。心臓は握り拳大の筋肉臓器ですが、非常に働き者で1日10万回以上休みなく拍動を続けており、その電気現象を体表面から記録したものが心電図です。心臓の組織をもう少し細かく見ると、歩調取りの洞房結節、心房と心室の中間にある房室結節、そしてプルキンエ線維、心室節へと電気興奮が伝わって行くのです(図参照)。例えていうならば、洞房結節が発電所、洞室結節が変電所、プルキンエ線維が送電線、心室節が家庭という所でしょうか。不整脈とは電気のショートがおき送電が不規則になる事であり、停電は心臓停止を意味します。心臓の一個一個の細胞をもう少し細かく見てみましょう。細胞の膜表面にはイオンチャネルと呼ばれるイオンを通過させる蛋白の穴が存在します(図参照)。イオンチャネルには多くの種類があり、Na+を通すもの、Ca++ を通すもの、K+ を通すもの等があります。15年程前にパッチクランプ法という電気生理学的実験法が開発され、一個一個のイオンチャネルを通過する約1ピコアンペア(10-12A)の微小電流を解折する事が可能になりました。一個の細胞にはこの様なイオンチャネルが数十万個存在すると考えられており、それらが開閉して膜電位の変化、すなわち活動電位が形作られるのです。活動電位が一個の細胞に発生しますと、細胞間結合を介して隣の細胞に伝わり、次々に細胞が興奮して行き心臓の細胞全て0.5秒以内に興奮を完了します。この電気的な変化を体表面から記録したものが心電図という事になります。

 最近の分子生物学の進歩により多くのイオンチャネルの分子構造が解明されつつあります。遺伝的にそのアミノ酸配列に異常があり、心電図異常と共に不整脈そして突然死をおこす病気がある事もわかってきました。心筋梗塞、心不全等でもイオンチャネルの量的な変化がおきる事も最近指摘されています。また、自律神経によってもイオンチャネルの機能は影響を受けます。この様に不整脈はイオンチャネルの機能異常によっておきるものなのです。

心刺激伝導系の活動電位と心電図との関係

 それでは次に不整脈の治療について述べましょう。最近、薬物を使用しない不整脈の治療も進歩しています。例えば、発電所、変電所、送電線が故障すればペースメーカーと言われる人工的な電気刺激装置を体の中に入れてやればいいわけです。また、電気がショートしている部分がはっきりすればカテーテルといわれる管を血管から心臓に入れ、その部分を焼き切る事も出来ます。しかしながら、やはり治療の主体は未だ薬物によるものです。この20年間で、Na+、Ca++、K+を通すイオンチャンネルを抑制する多くの薬物が開発され、不整脈の診断と薬物の選択が的確になされれば不整脈を止める事が可能になりました。完全に予防する事は未だ不可能な状態です。

 私は現在、基礎医学の中で薬理学を専攻し医学生に薬物による病気の治療法について教えています。そして、不整脈の原因となるイオンチャネルの異常について研究しています。私が現在の研究を行うに至った一つのきっかけは、卒業後間もなく病院で内科医として働いていた頃の出来事でした。私が主治医をしていた一人の患者さんが重症不整脈によって目の前で亡くなったのです。あらゆる手を尽くしましたが蘇生させる事は出来ませんでした。そのときの挫折感、悔しさは今でも忘れる事が出来ません。何とか、悲劇的な心臓突然死を予防する治療法を確立したい、現在、そんな思いで教室の研究者と一緒に分子レベル、細胞レベルで病的状態におけるイオンチャネルの変化、不整脈治療薬等についての研究に取り組んでいます。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第2集より)

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