Web講座

第2回 「がん」を逃れるには?」

医学部教授 藤村眞示

「がん」にかかるとこわい。それは、「がん」がヒトをたおすからです。そこで、私は、当時、がんで死亡率の最も高かった胃がんに挑戦することにしました。先ず、それまでできなかった胃がんを実験動物に作ることから始めました。そして、高率に突然変異を誘発するN-メチル-N-ニトロ-NニトロソグアニジンというN-ニトロソ化合物を用いることで、ラットに胃がんを高率に誘発することに、国立がんセンター研究所の杉村隆生化学部長(当時)の下で、世界で初めて成功することとなったのです(写真)。もう、30年近くもまえ(1968年)のことになります。

胃がんのモデル
胃部を頭部の方へ反転してある(矢印)

 その後、胃がんを高率に誘発できたのは、数ある種類の化学発がん物質のうち、結局、N-ニトロソ化合物だけで、しかも、そのうちの極く限られたものだけでした。事実、食品中のアミン類はpHが酸性である胃液中でニトロソ化されることが判り、胃がん予防として対ニトロソ化対策が浮上しました。
 発がん性をもつ化合物は、その多くが突然変異を誘発することから、食品などに含まれる窒素化合物を酸性条件下に亜硫酸HNO3でニトロソ化したのち、その中から、細菌に突然変異を誘発するものを検出することで、発がん物質を探す試みがひろくなされました。しかし、胃がんの原因物質は未だ見つかっていません。それは、上記の胃がん誘発物質をラットに飲ませた時、胃にはがんができても食道にはできない、というように化学物質による発がんには臓器特異性があるからです。つまり、胃がんの原因物質を検出するには、胃粘膜を用いて行わねばならないということなのです。

 N-ニトロソ化合物は一酸化窒素NOを遊離し、シグナル伝達系タンパクとされるグアニレートシクラーゼという酵素の活性化を上昇させることが知られています。私たちが、ラット胃粘膜を用いて本酵素活性を測ってみると、N-ニトロソ化合物のうちで胃がんの誘発が強いものほど、本酵素の活性を上昇させること、また、NOの遊離についても同様であることが、最近、判りました。そこで、食品などに含まれる窒素化合物を亜硫酸で処理したのち、先ずNO遊離の多いものを、ついで胃粘膜のシクラーゼ活性を上昇させるものをスクリーニングすることで胃がんの原因物質の検索をすすめています。  さて、がんの特徴の一つは、それが患者さんの体のシステムとは無関係に勝手に増殖し続け、しこり(腫瘤)を作ることです。増殖細胞で、増殖のシグナルは、増殖因子により細胞に伝えられ、ついで細胞内で一連のタンパクが次々と活性化される形で伝わりひとつのシグナル伝達系を形成しています。細胞増殖に密接に係わるチミジンキナーゼという酵素の活性が胃粘膜細胞においてNOによって促進されることを中国からの大学院生杜明さんが見いだしており、このシグナル伝達系の解明がまたれるところです。

 がん遺伝子とは、それが細胞中で発現すると、細胞ががん化する遺伝子をいいます。タンパクというのは最大20種類のアミノ酸が繋がったものですが、その数と並び方(配列)はすべての種類のタンパクで異なります。遺伝子DNAはこのアミノ酸の配列をその塩基配列に置き換えて情報としてもっているのです。これまで見いだされてきた多くのがん遺伝子の遺伝子産物、すなわちがん遺伝子DNAの情報をもとに生合成(発現)されたタンパクの多くは、この増殖シグナル伝達系の一連タンパクのどれかで、しかも、遺伝子DNAの塩基配列の変化である突然変異によってそのアミノ酸の配列が変わったため、常に活性化の状態にあるもので、細胞にとっては増殖のシグナルが入り放しの状態にあると考えられます。

エールリッセ腹水癌を移植した
マウスの肝細胞のアポトーシス
核が小さくなっている(矢印)

 がんのもう一つの大きい特徴は、がんが増殖すると体重が急激に減少し栄養を与えても回復しないがん悪液質という状態となりヒトをたおすことです。しかし、増殖する組織は健康なヒトにも骨髄や腸粘膜などいくらでもあり、がんが、ただ増殖するというだけでは、ヒトが死ぬとは考えにくいのです。それゆえ、このがん死の原因は、がん遺伝子の研究からだけでは判らないのです。

 私たちは、種々のがんを担った実験動物で、がんの悪液質になるにつれてその肝臓のニコチンアミドメチル基転移酵素という酵素の活性が上昇することを、また、担がん動物の肝臓にはアポトーシスと呼ばれる細胞死がみられることを、医学部附属肺癌研究所施設の大和田英美教授と共同で明らかにしてきました(写真)。アポトーシスとは核染色体が壊れ、核濃縮と新たな遺伝子の発現を伴うことから特にプログラムされた死とも呼ばれているものです。がんにかかると肝細胞が壊れるようなことが起こるとすれば、がんでたおれるのも宜なるかなという感じです。この原因が判ってもがんから逃れられるのです。大学院生の岡村淳君は、アポトーシスがすすむとニコチンアミドメチル基転移酵素活性が上昇することから、担がん動物たちのこの酵素活性を上昇させる因子の検出を急いでいます。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第1集より)

PageTop