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第24回 「手術を支える医学」

医学部附属病院助教授 古山 信明

 職業を尋ねられたとき、「手術部の医師です」とか「手術医学の研究をしています」とかお答えすると、ほとんどの方が「どんな手術をされるのですか」とか「毎日手術では大変ですね」とか仕事の内容を自分なりにイメージされるか、「手術医学なんて医学があるんですか」とかいったやりとりがなされます。

 それぞれの外科に付属した手術室が、設備や器材を一か所に集め各科の医師と看護婦が集まってきて手術を行う手術部となり、さらに専任の医師と看護スタッフ、技師などが手術に関わる現在の中央化された手術部となるまでにまだおおよそ30年を経たにすぎない状況では、このようなやりとりも無理からぬところです。

 私の学生時代や私が手術部の専任になる前に外科医として勤務していた何年間は、執刀医をはじめとする術者団と器械出しといわれる介護看護婦そして麻酔医(当時はまだ外科医が麻酔をかけていました)とで各科の手術室で手術が行われていました。1955年に東大病院で初めて手術部が中央化されましたが、その後の歩みは遅く全国の国立大学病院の手術部が中央化するのに約10年かかっています。麻酔科医が手術の麻酔に全面的に携わるようになって手術部の実質的な中央化は急速に進み専任の医師、看護スタッフ、技師などから構成される現在の手術部が形を整えてきました。

 さて実際の手術はどのように行われているのでしょうか。手術や麻酔、患者管理の発達および手術部設備や手術機器の開発、改良により、いままで出来なかった難しい手術も可能になりました。このような手術を安全にかつ効率よく行うために裏方で支えているのが手術部であり手術医学なのです。手術部では病院全体の手術を調整して日々の手術計画を立てます。その計画にしたがって各科では決められた時間に手術ができるように患者さんの準備をします。一方手術部では手術の内容や時間に応じ、どの手術室を使い、どんな器材が必要かを考え、手術が安全に円滑に行われるようスタッフや器材を準備します。麻酔に必要な麻酔器やモニターの整備、さらに患者さんが手術中に感染を起こさないような環境の清浄化も手術部の基本的な役割です。手術が始まると手術部のスタッフは外科医や麻酔科医とは別の立場で患者さんの安全やアメニティに支障がないか注意深く監視を続け事故防止に努めます。手術を行う外科医や麻酔科医が十分に力量を発揮できる環境を作ることが患者さんの安全と手術の円滑に繋がります。同時に感染症の患者さんが手術を受けることもあるので、患者さんから手術に携わるスタッフへの感染防止にも配慮する必要があります。

 こういった手術を安全、確実、円滑に行うための業務を学術的に実証するのが手術医学ということになります。たとえば手術の前に手洗いをしますが、外科医になったばかりのときは先輩の指導のもとで堅いブラシで手や腕が赤くなって痛くなるほどゴシゴシと洗いました。今は細菌学的研究により柔らかいブラシで消毒剤を用いて3分間ないしは6分間洗えばよいことが分かっています。消毒剤の開発、改良は目覚ましく、欧米では爪の部分を除いてブラシを使わない消毒剤を用いての手揉み洗いが主流になっています。手術のときに必ず装着する手袋も化学の発展によりピンホールの少ない操作性の優れた良質の手袋が誕生したのも手術医学の貢献によるものです。

 手術室も多くの建築関係者の知恵と協力とで、機能的で働きやすく感染の起こりにくい設計に基づいて作られるようになりました。手術室を清浄に保つ管理の仕方はNASAの研究結果が導入され確立されました。電気メス、レーザーメス、超音波メス、マイクロ波メスなどの手術機器も今も新しいアプローチがなされ、手術の安全性と確実性を高めています。

 手術医学は手術計画・運営学、手術部設計・設備学、手術機器学、感染制御を含む患者管理学など広い領域に渡り、医学の領域を越えた幅広い知識と連携が求められます。経験の積み重ねで発展してきたこれまでの手術が学問の裏付けによりさらに発展していくことが望まれ、手術を支える医学としての手術医学の確立が急がれています。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第2集より)

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