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第18回 「動脈硬化と物理学的振動」

医学部教授 増田善昭

 音、光、X線、電磁波、超音波等われわれの周りには多くの振動が存在している。生体の中でも心臓の鼓動、脈拍、血流等生命を支えるための多くの振動が存在する。

 私たちの教室は循環系(心臓と血管)のしくみや病気の原因、治療法を研究しているが、ここでは日本人の死因の大半を占める心臓病や脳卒中の原因となっている動脈硬化と振動の関係を考えてみる。私たちがこの問題に取り組んだのは、今から30年も前のことであるが、まず、動脈の弾性(硬さ)を測定することから始めることにした。弾性測定の基本手技は対象物の応力・伸び関係をみることであるが、当時はまだ医学用の装置がなく、工学用の大型機器に小さな標本をセットアップするのに苦労したものである。さて、この装置では摘出した血管を引張り、その際の力と伸び率(伸びた長さ/元の長さ)を測定するが、この関係はゴム管のように直接的なものでなく、血管の場合は引張るほど硬くなる曲線関係を示すことが分かった。当時教室では、動脈硬化の最新の診断法として脈波速度(動脈を伝わる脈拍の速度、硬いものほど速く伝わる)の測定を行っていたが、上記結果は動脈の硬さは血圧が高くなるほど大きくなり、実際の動脈硬化度は、血圧値によって補正しなければならないことが明らかになった。

 一方、さきほどの装置で血管を周期的に伸び縮みさせ、圧-伸び率の関係をみると周波数が大きいほど動脈は硬くなることが分かった。これもゴム管にはない性質で、動脈が弾性のほかに粘性を持っているためみられる現象である。動脈系には心臓から血液が1分間60~90回送られており、これが脈拍数であるが、上述の結果は動脈の硬化度は血圧のみならず脈拍数でも補正が必要なことを示しており、1976年の国際学会での私たちの報告は、大きな反響を得ることができた。

 超音波法による生体構造診断は、医学の大きな発展の一つであり、次に私たちは、これを利用した動脈硬化の検出に取り組むことにした。動脈径は血圧が上がると大きくなり、下がると小さくなる。血圧計で血圧を測定し、超音波法で径を測定すると、摘出した動脈を使用しなくとも動脈の硬さを知ることができる。種々の部位の動脈でこれを測定すると、太い動脈より細い動脈の方が管の弾性(硬さ)は大きいことが分かった。このさい、壁自体のYoung率(単位断面積当たりの弾性)には大きな差がないと思われるので、再び摘出標本を使って研究すると、細い動脈ほど壁圧と内腔の割合が大きくなり、管全体としての硬さが増すことが証明できた。

 現在、種々の動脈をCT(コンピューターを使ったX線断層装置)、MRI(核磁気共鳴現象を利用した画像診断法)、経食道超音波法、血管内超音波法という最新の技術でみてみると上述の関係はきわめて明らかである。動脈硬化自体も、その初期段階では壁肥厚が起こるため管全体としての伸展性が失われ硬くなるのであり、内膜に脂肪が沈着するという局所的変化(アテローム変性)はあるものの壁自体の平均的硬さは決して増すことはない。したがって、この段階で血中のコレステロールや脂肪を食事療法や薬を使用し低下させれば動脈硬化は治療できるのである。動脈硬化が治ることは、今日では常識となっているが、約10年前に私たちが働脈硬化の初期状態では壁自体の硬化はまだ少なく、元に戻りうることを発表した時は、大きな論議を呼んだものである。

 現在、私たちは振動を利用した多くの画像診断技術を駆使して動脈硬化の研究を進めている。さらに、分子生物学的領域からもその原因を追求中である。また、治療法としては、血管の狭容部をその部にカテーテルを通し、バルーンで膨らましてやる血管形成術を行い、心血管病の克服を目標に頑張っている。しかし、心臓病や脳卒中による死亡を低下させることは容易ではない。引き続き大勢の若い諸君の力に期待しなければならない。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第1集より)

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