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第14回 「肺移植のための実験的研究」

医学部助手 斎藤幸雄

 肺は空気中の酸素を血液中に取りこむといった人間が生きていくために不可欠の働きをしている臓器です。不幸にも何らかの病気で肺がだめになってしまったら、その働きを代償する人工の肺、あるいは同種肺移植(他人から肺をもらう)以外その患者さんの生存方法はありません。残念ながら現在の人工肺は肺の機能を長時間代償することはできないため、肺移植が唯一の手段となります。現在欧米を中心に同種肺移植は日常の医療として定着しておりますが、我が国では行われておりません。脳死の間題を合めた提供者に関する諸問題、倫理的感情的な問題、さらに法的政治的な問題まで含め、幅広い観点から議論(?)が行われている最中でありますが、ここでは敢えてその問題には触れず、われわれの行っている研究について紹介します。

 世界最初の肺移植は1963年、Hardy らによって行われました。以後1980年 までに38例の重症患者が肺移植を受けましたが、Derom らが行った10ヶ月生存例以外は大半が1ヶ月以内に死亡し、実に惨澹たる治療(?)成績でした。失敗の原因は急性拒絶反応を抑制することができなかったことにあります。人間の体は細菌やウイルスといった外敵から身を守る防御機構(免疫)を持っています。せっかく健常な肺を移植されても人間の体はそれを自分の一部とは認めず、自分に侵入してきた外敵とみなし攻撃を仕掛けてくるのです。これが拒絶反応です。この機構の主役をなすのはリンパ球で、移植肺を非自己であると認識したリンパ球は別のタイプのリンパ球(キラーT細胞)に移植肺の攻撃命令をだします。肺は空気中の酸素を取りこむために常に空気の出入りがあり、外敵の侵入も多く強い防御機構を備えています。当時の免疫抑制療法では十分な効果が得られなかったのです。以後肺は移植困難な臓器としてしばらく臨床では行われませんでした。この状況を一変させたのが免疫抑制剤サイクロスポリンAの登場です。この薬剤の投与によりキラーT細胞に攻撃命令が伝達されなくなり移植肺はリンパ球からの攻撃を回避し、他人の体の中で十分に働くことができるようになったのです。

気管支ファイバースコープを
使ったキラーT細胞の採取

 現在でも治療成績を向上させるために拒絶反応の抑制は重要な課題となっています。特に早期に拒絶反応を捉えることが重要です。私達は動物実験で移植肺が拒絶反応により攻撃を受けているとき、血液の中に移植肺を攻撃するよう命令を受けたキラーT細胞が出現することを確認しました。しかしこの時点で移植肺は既にかなりダメージを受けていて早期診断とは言えませんでした。そこでもっと早くキラーT細胞を発見するために移植肺の中を探すことにしました。ここで問題となったのはキラーT細胞を検出するためには1×10個はリンパ球を集めないと検査が行えないことでした。血液中にはリンパ球が豊富にあり20mlの採血で十分検査できますが、移植肺内にはリンパ球は少なく、検査に十分な数を採取するのは困難でした。せっかく移植した肺をすりつぶしてリンパ球を集める訳にはいきません。前にも述べましたように肺は空気の出入りのため気管気管支を通じて外界と接しています。日常私達はいろいろな肺にできる病気の診断に気管支ファイバースコープを用いて検査を行っていますが、同じ方法で気管支ファイバースコープを用いて肺の中にあるリンパ球を大量に集めることができたのです(気管支肺胞洗浄法)。この方法により血液中を調べるより早期に拒絶反応を診断することが可能で、日本でも同種肺移植が行われるようになった場合、臨床的に有用な拒絶反応の検査手段となります。

 外界と交通を持っているため肺炎なども起こしやすく移植に抵抗を示した肺ですが、拒絶反応の診断に他の移植臓器(心臓肝臓腎臓)とは異なり外界からのアプローチが可能であったという点は研究者として興味深いことであります。 

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第1集より)

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