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第13回 「エアロピクス体操と発がん予防」

医学部助手 滝口裕一

 エアロビクス体操のことはみなさんもご存じでしよう。やっている人もいるかもしれません。リズミカルな音楽に合わせて、たくさんの酸素を取り入れながら体を動かし、健康と体カの維持・増進を図ろうとするわけです。エアロビクス体操をしないまでも、私達はもちろん酸素なしには生きていけませんが、私達のこの酸素を利用した好気性代謝は、酸素を利用しない嫌気性代謝に比べて非常に効率の良いものなのです。だからこそ私達は、食物摂取のような生命維持に直接必要でないエアロビクス体操などをする生活の余裕ができたとも言えます。しかし、この惑星上に生命が誕生した最初から生物は酸素を利用していたのではありません。

 この地球に生命が誕生したのは今からざっと40億年前と推定されていて、32億年前の微生物の化石が発見されています。その後、ラン藻類の繁殖に伴って地球が酸素に富んだ大気に覆われたのが20億年前のことだそうです。当時の生物は無酸素状態で進化してきた嫌気性菌ばかりでしたから、彼らにとって酸素の出現は大変な脅威だったと想像されます。酸素は本来生物にとって大変毒性の強いものなのです。しかし彼らの一部は何とか酸素を解毒するメカニズムを獲得し、好気性生物としての進化をすることになりました。ミトコンドリアの細胞内共生もこの頃生じ、嫌気性生物から好気性生物への転換に大きく寄与したと考えられます。こうして好気性生物は今日に至るまで繁栄し、その末端に私達ヒトが誕生したわけです。でも私達はまだ酸素を十分安全に利用することに成功していないようなのです。

 細胞内での代謝の過程で毒性の強い酸素、すなわち活性酸素が作られます。またX線などの放射線が細胞に照射された場合にも活性酸素が作られます。細胞内に活性酸素を作らせる化学物質もたくさん知られています。こうして作られた有害な酸素は、前に述べたようにさまざまなメカニズムで解毒されるのですが、その処理能力を超えた分は、細胞の各小器官に傷をつけたり、ひどければ細胞自体を殺してしまいます。最もやっかいなのはDNAに傷をつける場合で、ガンを引き起こしたり、その傷ついた形質を子孫に伝えたりしてしまいます。哺乳類ではDNA修復遺伝子が何種類もあって、傷ついたDNAを一生懸命補修しているのですが、その能力を超えるDNAの傷がいろいろな場合に、しかも頻繁に起こるようで、発ガンの引き金になります。

 私達がうまくコントロールしきれていない酸素は細胞内の酸素だけではないようです。大都市で生まれた大量のゴミを焼却すれば、ダイオキシンという毒性の強い化学物質が発生し、発ガンの原因になります。燃焼というのは酸素による化学反応の一つですから、これも酸素による脅威と言うことになるでしょう。肺ガン、舌ガン、喉頭ガン、食道ガンと密接な関係がはっきりしているタバコ発ガンだって燃焼反応なしには成り立ちません。

        

 最後にもうひとつ私達が酸素をうまくコントロールできないために健康被害の脅威を受けている実例。それは地球の大気圏を覆っているオゾン層の破壊です。ここでは酸素の層が壊れて困っているのです。オゾン層は、大気圏外からの紫外線や電離放射線が地球上の生物に降り注ぐのを防いでいるのです。ご存じのように、過剰の紫外線は皮膚に発ガンを起こし、放射線はさまざまなガンの原因になります。1995年、地球のオゾン層の穴は過去最大となり、南極大陸の面積の 1.5倍にも達したそうです。地球の外から見ると南極大陸が丸見えになった格好です(図参照)。

 最近の急速なオゾン層の破壊を考えると、嫌気性菌からヒトに到った40億年にわたる自然の進化が今後も続いて、私達人類がふえた紫外線の攻撃に対抗できるような生物に進化するのを待っていたのでは間に合わないようてす。酸素利用によって私達は嫌気性菌に比べて格段に豊かになったとはいえ、まだまだ十分に酸素を使いこなせるまでには進化していないのかもしれません。申し遅れましたが、私は現在、上に述べたDNA修復遺伝子と発ガンとの関係を研究し、ガンの予防や治療に役に立たないかと期待している医学研究者の一人です。でもこうして考えて見ると、一ロにガンの研究と言ってもいろいろな分野の問題が密接に関連してきているので、医学の研究だけではガンの制圧はとても無理であることは明らかです。発ガン物質が増えても発ガンしないような予防薬や、発ガンしても簡単に治してしまうような特効薬を作ったり、オゾン層を含めた地球の環境破壊をくい止める方法を開発したり、これからはいろいろな分野の専門家が共同でこうした問題を解決していく時代になってくるでしょう。あなたはどのパートを受け持ってくれますか?

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第1集より)

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