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第11回 「クローン羊はヒトの役に立つのか?」

医学部教授 徳久剛史

 最近英国のWilmutらが羊の乳腺細胞1個から羊1匹を作ることに成功したことが報じられた。すぐに米国の大統領らが、このような研究に対する反対声明を出した。では、このように世間を騒がせたクローン羊とはいったいどのようなものだろうか?

  私達の体は何億個という細胞から出来ており、その体のどの部分から取られた細胞であってもその細胞核内には私達の体の全ての細胞を作る遺伝情報が存在している。成熟した個体からの細胞1個から遺伝的に同一の個体(クローン)を作れないかという研究は、古くから行われている。そしてカエル(両生類)では、1973年にGurdonらがその皮膚の細胞から遺伝的に同一な1匹のカエルの作製に成功している。彼らは、カエルの皮膚の細胞から核を分離し、別の系統のカエルの卵細胞に移植した。すると、この卵は刺激後発生を開始しカエルにまで成長した。この核移植を受けた卵から発生したカエルと、もとの核を取り出した皮膚を持つカエルとは遺伝子が全く同一であることからクローンと呼ばれる。今回のWilmutらの研究は、カエルで行われた実験を羊に応用したものである。だから研究内容としては驚くべきものではない。でも両生類で起きたことが哺乳類でも起きうることが証明された点で、社会的に与えるインパクトは計り知れない。

  ヒトで遺伝子がまったく同一で別々の個体を示す例(クローン人間)として最も一般的なのが一卵性双生児である。個体の発生過程で受精卵が割れて2個の個体が出来てしまう。一卵性双生児において細胞核内にある遺伝子は全て同じであるので外見は著しく似ている。しかし、私達は感覚的に双子の兄弟を区別出来る。川端康成の古都という小説にもあるように遺伝子が全く同じ双子でも育った環境が異なれば、栄養状態の違いからくる発育や教育の違いからくる考え方も異なって来る。私達は、その違いを見抜いて双子を区別しているのである。すなわちヒトは、たとえ遺伝子が同一でもそのヒトとしての個性は後天的に獲得されて来るのである。

 では、このクローン羊を作る技術はヒトの役に立つのだろうか?クローン人間と考えるから難しくなる。競走馬のことを例にあげて説明してみよう。これまでの品種改良法により不出世の名馬が偶然に生まれたとする。この名馬の血統を絶やさないように努力する。すなわちこの名馬が雄なら雌と交配して子孫を残そうとする。この時問題なのは雌の遺伝子である。交配によりそれぞれの親から半分ずつの遺伝子を受け継ぐことにより生まれてくる子馬は名馬の50%の遺伝子しか遺伝していない。そのため再び親と同じ名馬を得るのはほとんど不可能であるといえる。クローン技術をこの雄の名馬に適用したとしよう。この名馬からたくさんの細胞を取り、冷凍保存しておく。そしてこの名馬が欲しくなったら凍結した細胞を常温にもどし、核を取り出してクローン技術(核移植)により次々とこの名馬と同一の遺伝子をもつ馬を生産する。理論的には凍結した細胞の数だけ同一の名馬が作られるはずである。作られたクローン馬がいかに速く走れるかは、子馬時代からの調教によるので、競馬はその調教方法を争うゲームになる。実際に100年後にはこのような競馬が行われているかも知れない。このようにクローン技術は動植物の品種改良という面からは画期的な方法論といえる。寒冷地で育つイネ、ミルクを多量に作るウシ等、遺伝子の突然変異で出来た1株や1頭をクローン技術により無限に増やすことが出来る。このような品種改良を行っている農学部が魅力的になってきたゆえんである。食糧難に悩む人類の救世主になりうる方法論なのである。

 このクローン技術の医学・医療への応用はどうであろうか?日本でもクローン技術のヒトヘの応用は禁止されている。でも、重篤な肝臓障害で死にそうな患者さんが肝臓移植を待っているのも現実である。移植された肝臓は遺伝子が異なれば免疫反応により拒絶されてしまう。自分と同一の遺伝子を持つ健康な肝臓があれば申し分ない。だからといって双子の兄弟の肝臓を奪うだろうか?肝臓はひとつの体に1つしかなく、取られればそのヒトは死んでしまう。そのため現在は、部分生体肝移植といって健康な生体(ドナー)から肝臓の一部を取って患者さんに移植する。ドナーが双子の兄弟だったら申し分ない。実際にはその様なケースはほとんど考えられない。ところが肝臓病の患者さんの健康な皮膚の細胞から肝臓が作られたらどうであろうか?皮膚の細胞からまずクローン人間を作って、そのクローン人間から肝臓をもらうと考えるから難しくなるのである。患者さんの皮膚の細胞から核を取り出し、ヒトの卵に移植する。この卵からヒトを作ればクローン人間になっててしまうが、この卵から発生工学の技術を応用して試験管内で肝臓細胞だけを作るのである。このような肝臓細胞を患者さんに移植すれば拒絶反応もない臓器移植が可能となる。

 月に行ってこられるだけの知恵と技術をもつ人類であるから、このような技術的改良も近い将来夢ではないであろう。医学を含む生命科学研究は、人類の幸福のためにある。しかし、科学技術のみが人類の倫理に先行してしまうという原子力と同様の危険性をもはらんでいる。このような技術をいかに使うかは、これからの若い人達の理性と価値観に100%依存している。発生工学技術を取り入れて医学研究をしている私としては、原子爆弾を争っ て作ってしまう現在の人類の倫理観を思う時、クローン技術を含む発生工学技術のヒトへの応用、ヒトの胚操作は、人類の倫理や理性があるレベルに達してから行われるべきものなのかも知れないと強く思ってしまう。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第2集より)

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