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第10回 「第一外科の紹介」

 外科という職業は、およそ便利屋という印象があるらしく、外来をやっていると単なる風邪引きから腰痛まで外科とは無縁の患者さんが実に多く来院する。特に多いのは整形外科と混同している患者さんで、「先生、膝が痛くて歩けないんですけど。」とか「最近、肩が上がらなくてねえ。」と言ったことはとても多く、挙句の果ては耳に虫の入った患者さんから、水虫の患者さんまでくる。だからこそ我々も毎日が驚きと勉強の日々である。

 第一外科はいわゆる一般外科と心臓血管外科から成り立っていて、首から足まで広い範囲の病気を受け持つ。一般外科は、消化器外科と乳腺甲状腺外科があり、消化器は食道、胃から大腸、肛門まで、さらには肝臓や膵臓も含まれる。実際こうした幅広い臓器を診断、治療することから一般の人からも同僚のお医者さんからも“何でも屋さん”のイメージでみられている。でもこれは決して欠点ではなく長所だと思う。実際、私が外科に入ったのも幅広い臨床を経験したかったと言うのも理由の一つであった。しかし、外科の外科たる由縁は何であろうか。それは手術と思う。外科系の科は少なくない。脳外科、整形外科、泌尿器科、婦人科・・・・皮膚科や眼科だって手術を行う。でも手術というイメージはイコール外科ではないだろうか。癌の患者さんが手術で治って退院する姿を見るのは外科医にとってとてもうれしいことである。いまだ有効な癌の治療薬がない現在の医学のなかで手術という一つの武器を持っている外科医の存在はまだまだ大きい。(でも100年後には癌の特効薬が見つかって外科医は廃業しているかもしれませんね)

 さて、大学病院の生活ぶりを紹介しよう。

 外科の朝は早い。朝8時には次の週の手術患者さんの症例検討会がある。それぞれの症例ごとに担当医がプレゼンテーションと言って、病歴や画像の説明を行い、この場で適切な手術方法を検討する。第一外科のほとんどが癌の患者さんなので手術方法は大げさに言えば、生死を決定することにもなりかねない。さらに最近はクオリティオブライフ (Quality of Life : QOL) と言って手術後の患者さんの生活の質を高めようとする方向にある。手術が終わっても食事がとれないとか、日常生活に支障がくるようでは QOL は低いと言わざるを得ない。現在は根治性(癌を完全に治すこと)と QOL のバランスの上に手術方法が成り立っている。

 症例検討会が終わると病棟業務が始まる。点滴や処置のためのオーダー書きや回診である。あっ言い忘れたが採血や点滴は、Freshman(医者一年生)の大事な仕事である。当然のことながら4、5月頃の Freshman は技術的に未熟であり、患者さんに繰り返しの迷惑をかけることもまれではない。午後は、処置や検査であり、夕方回診で1日が終わるはずだが、仕事や研究があり夜遅くまで働いている人も多い。(が飲みに行く人も多い?)  第一外科の手術日は週2回で、火曜日と木曜日である。8時過ぎには患者さんは手術室に入る。麻酔がかかり手術が始まる。手術は大学では通常4人で行う。執刀医1人と介助医3人である。特に執刀医の前に立ち直接手術を介助する医師を“前立ち”といい、相当の経験者が受け持つ。

 2、30年前に比較して癌の治療は格段に進歩した。その功績の1つは手術自体の進歩であるが、それ以外の要因も大きい。手術中に一部組織を取ってきて迅速に顕微鏡で見て癌がどの範囲まで進展しているかを診断し、適切な切除範囲を決定することができるようになった(術中病理)。手術中に肉眼で見えない癌に対し開腹したままで放射線治療できるようになった(術中照射)。抗癌剤を肝臓に直接流すための管を手術中に埋め込み、手術後に使用することができるようになった(肝動脈内抗癌剤注入療法)。こうして手術療法、放射線療法、薬物療法、免疫療法などを組み合わせた集学的療法が施行されるようになり、癌も次第に治る病気になってきつつある。

 癌に立ち向かうことが我々外科医の大きな仕事の一つである。

 話は戻るが、長い手術では半日に及ぶこともまれではない。その間、術者はずっと続けて手術を行っている。不思議と食欲もわかず、トイレにも行きたくならない。疲れを知らず立ち続け、手を動かし続けるのである。(一番長い手術は25時間というのを経験したことがある。さすがにこのときは交代で手術を行った。)よく手術が終わって家族に「成功です。ご安心ください。」なんて言うテレビを見かけるが、実際、手術以上に重要なのが手術後の管理であり、無事退院するまで我々は安心できない。呼吸の状態はどうか、血圧は大丈夫か、何か合併症は起こっていないかといった事を医者も看護婦も常に注意して患者さんと向き合っている。こうして笑顔で退院する患者さんを見て、始めて我々外科医も充実感を覚えるのである。(まあ、手術後に飲む一杯のビールも充実感を覚えますけど)

 こうした日々が365日繰り返されるが、1日1日はダイナミックにエキサイティングに動いている。患者さんは次々と病気や悩みを抱えて病院の門をたたく。何とかしたいと病気に立ち向かい挫折感を味わうこともしばしばである。しかし、こうした中で働いている我々は、誇りをもって医療に身を捧げたいと思う毎日である。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第1集より)

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