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第9回 「酸素と生命の維持:「いのち」と呼吸」

干葉大学医学部教授 福田康一郎

 医学を志す者は誰しも病に苦しむ人を自分の手で救いたいという情熱をもっています。しかし、実際に医師として全力で治療に当たっても目前の患者の死に直面しなければならない場合もあります。「生」の対極にある「死」についての伝統的概念は、「脳の機能が停止し、自分の力で呼吸せず、心臓も停止して、全てが元に戻らない状態」でした(心臓死)。ところが最近、心臓が動いていても「脳の機能が停止し、呼吸も止まり、脳が元に戻らない状態」をも「死」とする動きがあります。いわゆる脳死です。しかし、脳死を個体の「死」とすることについての医学的、社会的な合意は得られておらず、議論が続いています。脳死と心臓死の区別は「生」についての全く異なる倫理観に基づくと思われますが、両者には「死」に至る共通の要因があります。それはいずれの場合にも体を構成する細胞に酸素が供給されなくなることです。脳死の場合には呼吸が止まるので肺から酸素が取り込まれず、心臓死では血液が循環しないので酸素が運搬されません。

 ではどのような理由で酸素がないと生体は生きていけないのであろうか? また、生体はどのような機構で空気中の酸素を取込んで細胞に供給しているのであろうか? 酸素不足に対して生体はどのような防御機構を備えているのだろうか? 酸素不足状態から生存させるためにはどのような治療が最も適切であろうか? さらに、脳死判定に密接に関連する呼吸はどのようなメカニズムで発生しているのだろうか? 私達の生理学教室ではこれらの生命維持に最も基本的な呼吸・循環と酸素を取りまく諸問題を主な研究テーマにしています。
 植物がつくる酸素が動物の生命維持に必要であることは英国のプリーストリーによって18世紀に発見されました。酸素分子(O2)は食物中に含まれているエネルギーを効率的に取り出して利用する際に必要です。これは細胞内のミトコンドリアで行われ、取り出したエネルギーは主にATPの形で細胞の生存や活動に使われます。また、用いられた酸素とほぼ同量の炭酸ガスが発生し、肺から排出されます。生きていくためには連続して酸素を使う必要があり、このために呼吸(肺での酸素の摂取と炭酸ガスの排出)と心臓・血液循環による酸素の運搬がうまく連動して働いています。

 もし、血液中の酸素が不足すると、最も重要な脳への酸素供給を維持するために呼吸と循環の促進反応がおこります。脳への血管(頸動脈)には血液の酸素不足を感じるセンサーがあり、この反応を引き起こします。また、肺など呼吸器の病気では炭酸ガスが体内に蓄積して血液や細胞のpHが低下します。体内のpHを正常に保てないと生命の維持が困難になります。このため脳内(延髄)には炭酸ガスセンサーがあり、炭酸ガスの増加に感じて呼吸運動を促進させ、炭酸ガスを排出します。ところで自発的な呼吸運動は眠っていても死ぬまで繰り返して続いています。これを司るのは延髄にある呼吸中枢であり、酸素不足センサーや、炭酸ガスセンサーなどからの信号を受けています。私達の研究室ではこれらのセンサーや呼吸中枢のメカニズムを解析し、これらのつながりを調べています。さらに、脳死と判定するためには、呼吸中枢が障害されて自発的な呼吸運動が出現しないことを確認する必要があります(無呼吸テスト)。現在、この無呼吸テストのあり方についても検討しています。また、酸素が著しく不足するときにはそのまま死に向かうのではなく、体温を下げ、酸素の消費を少なくして耐えるような反応もおこります。これは動物界では広く認められる現象であり、そのメカニズムを解析しています。この現象はもっと積極的に臨床応用できるのではないかと考えています。

プリーストリー
(Joseph Priestly, 1733-1804)

 酸素については他にも生命の維持に重要な側面があります。大気の上空では酸素(02)がオゾン(03)となって有害な紫外線を吸収していますので、陸上での動植物の生存が可能となります。また、酸素が利用される過程で02分子が1電子を受け取って還元された猛毒の活性酸素が発生しています。活性酸素は白血球の食作用などに利用されていますが、自分自身の細胞も壊すので大問題となっています。

彼の用いた実験装置
「生理学の夜明け:血液ガスと酸塩基平衡の歴史」
ポール・アストラップ、
ジョン・セバリングハウス著
吉矢生人、森隆比古訳
 真興交易医書出版部 1989 より転載

 呼吸と酸素との関係は、以上のように大気環境から臨床的なことまでのヒトの生死にかかわる幅広い視野を含んでおり、興味の尽きない研究領域です。日本では古くから呼吸することを「い(き)」といっていたようで、「いきもの」は「いき(呼吸)するもの」、「いきる」は「いき(呼扱)する」こと、「いのち]は「いのうち」、すなわち「いき(呼吸)をしている間」と考えられます。古代においても呼吸は「いのち」そのものだったのでしよう。

(千葉大学発行『「知」の世界へどうぞ』 第1集より)

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